土曜日を振り返る

この日も暑くて、昼に窓を開けると熱気が部屋の中にむわっ、と進入して来た。日陰でも35度を越えていたような気がする。
この日は友達に誘われてTFC/Strasbourgを見に行った日だった。ゲームは夜8時から始まるので近くの橋のたもとで7時に待ち合わせよう、という電話を友達から受けたのは昼のことだった。Stadeははじめてだったが、バスがStadeのある小さな島に渡るための橋のたもとまで通っているので迷うことはなかった。
この暑さではどうしても水が欲しくなると思ったので、あらかじめEvianの1リットルペットボトルを購入して行ったら、入り口でセキュリティスタッフにそのキャップを没収された。Stadeにつく頃には既に生ぬるくなっていたそのボトルを抱えながらぶらぶらと席まで歩いた。友達がいい席を取ってくれたおかげで私たちは日光に晒されずに済んでいた。早めにStadeに入ったので観客は余り居なかったが、私たちが席に座ってしばらくしないうちに良く喋る人間がPubliciteを喋り始めた。彼は延々と喋り続け、その声はスピーカーから大音量で降り注いだ。私たちは少なからずそれにうんざりした。まるでサーカスだ、と友達が言った。
試合の前にパラシュート降下部隊によるパラシュート降下の実演があった。女性のパラシューティストが司会者にインタビューを受けたりなどしていたが、どれも安っぽい見世物の雰囲気を強めるだけで、決しておもしろい物ではなかった。司会者の舌は止まることなく、全てにいよいよ見世物臭さが漂ってきた頃に、男の大げさな呼びかけとともにStrasbourgの選手たちがピッチに現れて練習をはじめた。次いでToulouseの選手たちが現れ、練習を始めた。しばらく練習をしてから彼らは戻っていった。試合の少し前に、ストラスブールのサポーターたちが太鼓を叩きながら入場した。Stadeは3メートルほどの頑丈なフェンスで幾つかのブロックに区切られているのだが、彼らが居たところは他とはっきり区切られた小さな檻のような区画だった。彼らはまるでファランクスのような密集した方陣を組み、青と黒、白でできた横縞の旗を振り、大声を上げ太鼓を叩いていて、明らかに他の観客とは異なる様相を示していた。
試合開始の時間となり、選手たちが入場した。Toulouse独特の3連の拍手が沸き起こり、それに合わせてTou・Lou・San!Tou・Lou・San!の大合唱が場内に渦巻き、Stadeがその声と拍手に揺れた。

司会者のおしゃべりは死に絶え、審判の笛がピッチにこだました。ゲームの内容はそれほどすごいものではなかったが、眠くなるようなものでもなかった。シーズン開幕の試合というのは選手単体も、選手同士の関係もこなれていないので概して素晴らしい試合は見られないものだ、と友達が云っていたが、私は十分に楽しんだ。
Toulouseは今期から一部リーグに上がった新参者で、いわばStrasbourgの胸を借りる試合だった。ホームでの試合という事もありToulouseは積極的にボールを取り攻め込もうとするのだが、あと一歩という所で集中力を欠いた。目に付いたのはパスのミスだった。まるで敵にパスしているかのようなボールが相次いだ。それでもToulouseは果敢に攻め込み、何度となくシュートのチャンスやコーナーキックを得た。それでもそのチャンスを生かせないまま前半が進んでいく。Strasbourgはボールを得るとスマートに攻め込んだ。パスのミスは少なく、展開がすばやい。彼らのアタックに対しToulouseのディフェンスはまるで眠っているかのように見えた。しかし恐ろしく優秀なゴールキーパー(友達は彼のことをGoldorak…UFOロボグレンダイザーのフランスでの名前…と呼んでいた)の前にStrasbourgのシュートはことごとく止まった。前半はどちらもゴール無しで、可もなく不可もなくうやむやのうちに終わった。
後半が始まって10分くらいのところでToulouseが先制ゴールした。Stadeは沸きに沸いた。しかし、その10分ほど後にStrasbourgが逆転のゴールを決めた。疲弊した試合は緊張感を少しづつ失って行き、段々とそのレベルを下げながら同じ事を繰り返し、結局引き分けに落着した。私はToulouseが勝利しなかったことが残念だったが、友達は試合の内容がそう酷くなかったことと、格が上のStrasbourgに対して引き分けたことに満足していた様だった。


ところで、この試合の最中に私は一度涙ぐんでしまった。それは試合の進行とはほとんど何の関係もない私的な一種の同情から起こった涙であった。何が私を涙ぐませたのかというと、それは選手のひたむきさだった。
納得できないジャッジがあった時、彼らは審判に抗議した。しかしその場で最も汚い言葉を吐き、大声で審判をののしったのは観客たちだった。相手選手とのボディコンタクトで転倒した時に、己を転倒させた選手の差し伸べる手を取って彼は立ち上がる。転ばせた選手を罵り、大げさな手振りで彼を貶めようとするものは、常に観客たちであった。さっきまでよい働きをしていた選手が失敗すれば容赦のない失望の声が上がった。失敗して敵にパスしてしまった選手が必死にボールを取り戻せば賞賛の声が上がった。
選手たちは彼らの競技に対し真摯で、観客たちは常に身勝手だった。
そのことに思い当たってからピッチを駆ける彼らの姿を見ると、私は私の目頭が熱くなることを禁じえなかった。私は、立つフィールドが違いこそすれ、選手と私をその点で重ね合わせて見ることを禁じえなかったのである。
そう、私は私の競技に対し真摯であろう。それがある競技に携わるものの第一のマナーなのであるから。