ポートフォリオ

私が在籍していたフランスの学校では、卒業時にポートフォリオと自由研究を提出させていた。
ポートフォリオには人物、建築、物撮り、ドキュメンタリーと主題が分けられており、その主題もさらに細分化されていて人物ならばスタジオでの人物撮影、屋外での撮影…とフォーマットと条件が厳格に決められていた。教授たちは口々に、君がこのポートフォリオを持ってスタジオに行くとき、君が出来ること全てを表すためにだきるだけ多種多様な写真を入れさせるんだよ、と口を酸っぱくして言っていて、私もそれを合理的だと考え、信じ、その趣旨に則ったポートフォリオを一生懸命作った。

さて、私は日本に帰国し、そのポートフォリオを携えて幾つかのスタジオを回った。そのたびに言われたことが「もっと君のやりたいことを絞り込んだ本はないの?」という趣旨のことであった。私はその言葉にとまどい、彼我の意識と思考の差を感じ、すぐにスタジオ巡りを辞めてしまった。

その後、私は彼らの言葉通り、私の写真をまとめたCDを作成し、あるスタジオを訪れた。そこで言われたことは「結局君がやりたいのは風景?建築?物撮り?」という言葉だった。

風景はここまでできる、建築はここまでできる、物撮りはここまで出来る、と言うポートフォリオはやりたいことがわからない、器用貧乏と言われた。その指摘を受け、フランスで作成したポートフォリオは「建築」や「物撮り」という既存のスタイルに従属しすぎだと私は考えた。そこで私はそれらのカテゴリに属さない、私個人の写真を持って行った。結果、既存のスタイルを挙げてどの枠をやりたいのか、と聞かれたのである。
私は、よくわからなくなってしまった。

今では私も、はっきりとはわからないのだけど、彼らが考えていたことがおぼろげにわかったような気もする。
結局、最後には自分の写真しかないのかもしれない。