料理
フランス時代、調理器具といえば中型の鍋一つしか持っていなかった。その鍋で米を炊き、パスタを茹で、ハンバーグを焼き、野菜を炒め、蒸した。私に出来ないのはグリルしたり、ローストしたりする料理、あとは揚げ物であった。まあ、私の料理なんて到底料理と呼べたものではないので、これだけで万事がすんでしまっていたのである。
鍋の相棒は素朴な木のへらで、そればかり使っていた(それはそうだ、それしかないのだから)。ものを切る道具としては、折りたたみ式のナイフが一本あるだけだった。良く研がれた10センチほどの刃で私は林檎をむき、肉を切り、野菜を刻んだ。
食器も、大きな椀がひとつ、ナイフとフォーク、スプーンが一揃いあるだけであった。割り箸が部屋に姿を見せるのは、滞在四年目ごろからではないかと思う。
そんな台所であったので、友人が部屋に訪れれば必ずと言っていいほど自炊していないのではないか、と疑われた。あまりにも生活臭のない部屋を実験室、と呼んでいたこともある。とはいえ、私は友人と外で食べる時以外はほぼ全て自炊していた。
フランス滞在中に学食を利用したことはほとんど無い。学食を利用するための食券は昼の限定された時間にしか売られないし、遠くにあるCROUSへ出向いて食事を摂るよりも自宅で料理をしたほうが時間を有効に使えると当時の私には思えたし、何より学食は不味かった、のである。