古傷

ずっと、皮肉で生きている友達がいた。彼は皮肉を人間に残されたほとんど唯一の武器と信じ、その辛辣な批評を仲間の上に降り注ぐことを厭わなかった。あの頃の私たちは若かった。彼の皮肉も、私たちは建設的な意見として取り入れることができていた、と私は思う。その若い集団が、さまざまな人間を取り込んでサークルとして活動を始めた。私は、その集団の取りまとめ役であって、同時に彼の親しい友達だった。
ある人が少し強い語調で何かを主張したとき、それが特にすばらしいものでない限り私たちという集団は大抵、それをスルーした。そんなこともあるさ、そういう風に考える人もいるよね、と。だけど彼はそれが許せなかった。彼はとても敏感だった。直接彼自身に関係なくとも、彼がよいと思っていることに関して否定的な言説(めいたもの)が出たり、よくないと思っていることに対して肯定的な言説(めいたもの)が出たときは激しく反駁した。たとい一定の態度をあらかじめ表明していなくとも常に議論と、皮肉で攻撃した。それゆえに彼の攻撃は時に不意打ちにもなった。当然、サークルの中には彼を厭う人間も出てきたし、彼もそれに呼応するようにそれらの人間を厭った。でも、私たちはサークルとして何とか回り続けていた。
…そう思っていたのは私だけなのかもしれない。
彼を厭ってきた人間は彼からの再三の攻撃を受け、余裕がなくなっていった。彼も私に長い電話を幾度もよこし、サークルの愚痴と体制改革を訴えた。私はそこで何も意志を表明せず、彼との関係もサークルの運営も続くようにと八方美人に振舞った。でも、それで凌げるのはわずかな時間であった。きっかけはどうでもいいことだった。どうでもいいことをきっかけに、これまでの対立構造が表面化し、サークルは空中分解した。まあ、当然の結果だった。
私はそれからもしばらく彼と友人関係を保っていたが、私が住む場所を変えお互いが会うことが出来なくなり、関係がWEB上での文章のやり取りだけになってから関係は段々と悪化した。私たちは何度も些細なことで言い争った。仕舞いには彼の明晰な頭脳と皮肉は私に矛先を向けた。私は彼からの攻撃を受け何度も呻いた、
あなたは私をこんなに責めて一体何をさせたいの、と。
私は彼と接触を絶った。


今日、WEB上をさまよっているときにふと、そんな昔の記憶を思い出した。
攻撃されているときは気づかなかったけど、思い返してみれば彼の言葉はつらそうだった。どうして彼はあんなに自分を追い込んでいったのだろう。彼の、彼自身に背かないという点で倫理的に潔癖なその性癖が彼を追い込んだのだろうか。
私はいまだに分からない。しかし、あの時、お互いに何かもっと異なった振舞い方があったのかもしれない、という後悔の念が今も心の底の方でうずくのを私は感じる。